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映画
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映画作家たちを育てる映画祭:マラッカにて

2019.12.25

 9月末、自分たちの運営する映画祭“イメージフォーラム・フェスティバル”が終了して間もなく、マレーシアのマラッカで開催されているSeaShorts映画祭に参加してきました。この映画祭はまだ歴史が浅く、2017年の立ち上げから今年で3回目(私は第1回から毎年参加しています)。この映画祭の特色としては、東南アジア地域の短編映画のみを集めて上映することと、主催・運営が地元の映画監督たちによってされていること。映画監督が映画祭を立ち上げること自体は、割とあることですが、この映画祭のように地域の監督たちが協力しながら運営していくのは珍しいスタイルではないかと思います。観客・スタッフもこれから映画を作ろうと考えている若い世代が中心。非常に活気を感じます。そもそもこうした短編映画は商売にならないので、こういった場合には、作りたいから作るんだ!というパッションだけで集まっている人が多く、お金が殆ど介在しない心地よさがあります。アジア各地域から色々なプログラマーを毎年招いていることもあり、3年目にしてすでに次世代の映画作家・映画祭関係者の重要な交流拠点ともなっています。

 

 この映画祭のもう一つの特色としてあるのが、毎年開催都市が変わること。今年はマレーシアの首都クアラルンプールから車で3時間ほど南にある世界遺産で有名な都市、マラッカで開催されました。


世界遺産都市マラッカ、ホテルからの眺め。

 マラッカは、インド洋と東アジアを結ぶマラッカ海峡に面しており、古くから海運・軍事上の重要な拠点として栄え、ヨーロッパ・マレー・中国系が混交して独自の文化を生み出したところとして知られています。海には巨大なタンカーが行き交い、海が綺麗なリゾート地という感じは正直ないのですが、ポルトガルのような南ヨーロッパ風の街並みがとても綺麗なところです。建物の壁の色もパステルカラーでカラフル。料理も中華とマレーがミックスされたニョニャ料理というのがあったりして、美味しい。マレーシアは料理が多様で、とても美味しいので正直いつも行くのが楽しみなところです。私は日本風にいえば「カレー麺」とも言うべき麺料理「ラクサ」が大好きで、隙あればラクサを食べまくっています。マラッカには「ニョニャ・ラクサ」というココナツミルク風味のラクサがあります。麺は卵麺で、魚のつみれやエビが入っていたりして具もかなり充実のメニューです。


美味いぜニョニャラクサ。


甘くて濃いミルクティー、テ・タレクも必ず飲みます。


東南アジアの有名監督たちの座談会。

 マレーシアは、2000年代に新しい映画作家の世代が世界の映画祭で多く紹介され、それは「マレーシア・ニューウェーブ」と呼ばれていたのですが、この映画祭はその中心を担った映画作家たちが、次の世代を育てようと始めました。映画祭のディレクターは、日本でも『愛は一切に勝つ』という作品が上映されたタン・チュイムイ。彼女以下の映画祭スタッフは、すべて20代から30代の若い映画作家たちです。今回は趣向を変え本映画祭のプログラム・ディレクター、ジャッキー・イップさんに映画祭についてインタビューしてみました。

 

―映画祭を始めたきっかけは?

SeaShorts映画祭は2017年に始まりました。当時マレーシアにはちゃんとした映画祭が無かった。多くの映画祭は授賞セレモニーだけやって、映画を上映しないような儀式的なイベントばかりでした。映画は上映しなければ意味がない。映画作家である僕らは、観客と作り手が一緒になって映画を楽しむスペースや継続的なイベントが必要だと思っていたのです。

S−エクスプレスという、東南アジア地域の国同士でそれぞれの国代表の上映プログラムを組んで、それを各国にツアーさせるという試みが2004年に始まっていたんですが、そのタイ・シンガポール・マレーシア・インドネシア・フィリピンの5カ国からのプログラムを上映する映画祭がマレーシアには無かったので、ディレクターのタン・チュイムイが立ち上げることを決めたのです。

―この映画祭は東南アジアにフォーカスしていますが、なぜですか。

マレーシアの新作映画や学生が撮る作品は、香港映画や台湾映画、あるいはハリウッド映画のコピーのようなものばかりでした。映画作りを外国から学ぶことはとてもいいことだと思うのですが、そこから脱却しないと、我々自身の文化や習慣、環境と合わない映画を作り続けることになってしまいます。マレーシアでハリウッド映画のようなものを作っても意味がありません。

問題は、我々が多様な映画に接していないこと、特に東南アジアの映画を見ていないということでした。こうした映画は映画館にかかりませんし、オンライン上にもありません。歴史・習慣・政治状況が我々と近い近隣の国々から学ぶことをもっと考えなければと思いました。彼らの地域とマレーシアは、お日様の照り方も似ているし、エチケットも似ている。じゃあ映画作りは?となるわけです。東南アジアで素晴らしい作品が沢山作られているのに、マレーシアではなかなか見られる機会がありません。

―1年目は、クアラルンプール、2年目はペナンで今年はマラッカ。なぜ開催都市が毎年違うのですか?

東南アジア映画の良作をなるべく多くの人に届けようとするには、映画の活動があまり活発でない地域に直接作品を持って行くのが一番いいと考えています。東南アジア映画をできるだけ多くの人に届ける、それがこの映画祭の使命だと思っています。最初の年はクアラルンプールで行いましたが、そこに参加した大学の先生たちが、今ではバスを生徒のために借り切って映画祭にやってきてくれます。我々だけでなく、学校の先生が、この映画祭が生徒のためになると信じてくれたのはとても嬉しいことです。

―映画祭としての今後のビジョンは?

私たちはこれからの3年間、「短編映画を再創造する、東南アジアを再発明する」というテーマを掲げていこうと考えています。「短編映画」の意味が限定されたり、同じような見え方のものばかりになってしまうのは絶対に避けたい。映画の長さ、ジャンル、スタイル、見た目など、どんな作品でも受け入れるスペースを作り出していかなければいけないと感じています。映画という表現は、現在上映されているものだけに止まらないと思います。映画祭としては、映画の新しい可能性を常に探っていきたいと考えています。

 

 

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