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カリーヴルスト+映画、ベルリン

2019.04.15

  年によってはマイナス18度。脳髄が凍りそうなくらいの気温になるため毎年相応の準備と覚悟をもって臨むベルリン映画祭ですが、今年2019年は東京よりむしろ暖かいくらいでした。ベルリンは世界最大級の映画祭で、権利売買のマーケット「EFM」が映画祭に並行し開催されてもいるため、日本人バイヤーともよくすれ違います。「今年は暖かいですね」が定番の挨拶になっていました。

観客数、作品数ともに巨大なベルリン映画祭。数日参加したくらいではこの映画祭の全貌はなかなかつかめません。私はアート色の強い“フォーラム部門”、また実験映画・現代美術の領域の作品を上映する“フォーラム・エキスパンデッド部門”の作品を中心に毎年作品を観ています。

 
*メイン会場のレッドカーペット。さすがきらびやか。


*「フォーラム・エキスパンデッド」部門のインスタレーション会場。なんと元火葬場。

 今年のベルリン映画祭の大きな話題は、全体の番組を統括するディレクター、ディーター・コスリックがその職を辞すること。今回が彼の手がける最後のプログラムになるのです。ベルリン映画祭は、そのメイン部門である「コンペティション部門」のセレクションが良くないと数年前から批判されており、いよいよディレクター交代となったのでした。さすがドイツでは観客や参加者の声の影響力はとても強いのだと思わされます。

 地元の人に聞いて驚いたのは、ベルリンの演劇の殿堂フォルクスビューネの芸術監督が、怒った市民に追い出されたことです。クリス・ダーコンという現代美術のキュレーターが昨年就任、演劇の場に美術やパフォーマンス作品を持ち込んで新たな流れを作ろうとしたのですが、抗議のため市民が劇場を占拠するに至ってダーコンは芸術監督を辞めざるを得なくなったとか。旧来この劇場を支えてきた演劇ファンからすれば、他と同じようなものをやってどうするんだ!ということのよう。すごいな、映画や演劇は「市民のもの」という意識がベルリンにはしっかりと存在しているんだなと思いました。


*ベルリンのソウル・フード、カリーヴルスト。お店によって少しずつレシピが違いハマります。

 映画祭期間中に昨年イメージフォーラム・フェスティバルのコンペティション部門の審査員をしてもらったアメリカの映像作家シェリー・シルバーと、ドイツの映像作家の人たちと中華を食べる機会があったのですが、その時話題になった「お金の話」も印象的でした。アメリカには映画に対する公的な制作支援金がほとんど無くて、そういったものが充実しているヨーロッパは羨ましいけど、一方で助成金があるから作品を作るようになってしまってはおしまいなのだと。日本にも映画制作のための公的助成金はほぼ全くと言っていいほどありません。小説や詩と違い、映画を作るにはある程度リソースが必要です。助成金があるから創作する、というのは本末転倒な感じがしますが、そのおかげで生まれる作品もあります。経済的負担から自由だからこそ作られる作品や生まれる発想もあるはず。アーティストは社会にとって必要な存在であるという考え方が、ヨーロッパでは強固にあり、それはそれで成熟している考えです。公的支援が無いアメリカには、寄付やパトロン文化があり、それもまた日本と違います。そのせいか日本ではアート作品においても、比較的に大衆性が意識されているように見えます。それが日本文化の特異な部分かつ限界でもあると私は日々感じたりしています(それはマンガがこれだけ日本で独特の文化を形成していることとも関係があるのではないかと思います)。


*マーケット会場。ここで映画の権利の商談がなされます。

 今年のベルリン映画祭での驚きの一つが『37 seconds』という日本作品でした。この作品のHIKARI監督はアメリカ在住だそうで、だからなのか障害者を主人公に据えながらも日本映画にありがちな紋切り型から自由で、とても爽やかな風通しのよさを感じる作品でした。アメリカのサンダンス・インスティテュートとNHKが共同で行う脚本ワークショップの参加作品だそうで、ベルリン映画祭の「パノラマ部門」において観客賞を獲りました。観客賞を獲るだけあって確かに会場内の反応は上々。私の隣に座ったおじさんはラストシーンで涙をすすっていました。

 HIKARI監督もそうですが、今年のベルリン映画祭には女性監督の作品が多く、おそらくそれは意識して作品がセレクトされていたように感じます。映画祭ホームページのトップにも、「映画祭期間中に差別的な扱いを受けたり、性的ハラスメントを受けた場合は事務局に連絡すべし」というような文言が掲げられていて、「反差別」が映画祭の前面に出されていました。ベルリンは、大規模映画祭の中でも比較的社会性や政治性のある作品をこれまでプッシュしてきており、こうした公平性は映画祭の運営においても常に重要視されています。そうした姿勢が、この映画祭の大きな特徴である自由で民主的な雰囲気を形作っているとも言えそうです。

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