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日本刀
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七つ星と一振り

2019.12.25

さて、このコラムも4回目となった。毎回ウンウンと頭を悩ませては題材とする刀を選び逸話について掘り起こしているわけだが、今回は刀にまつわる逸話ではなく、刀身の形が少し変わった刀について書こうと思う。

日本刀と聞いてぱっと思い描くのはどんな形だろうか。おそらく多くの人の頭には、細長くて少し反りがあり、切っ先に向かってすぼまっていく、日本刀しかりといった形が思い浮かぶだろう。

一般的に誰もが思い描く形をした刀を彎刀といい、この形をした日本刀が出現したのは平安時代といわれている。では、それより前の時代に日本刀は存在しなかったのかというと、実はそうではない。
刀身が反っていて片側に刃がある形が範として定着したのは平安末期とされているが、鉄を折り重ねて鍛えられたものを日本刀と定義するのならば、形は違えども平安より昔から存在した。

それでは平安中期以前の刀はどういったものだったのかというと、片刃であり製造方法もほぼ同じだが、直刀という、ほぼ反りのない真っ直ぐな刀だった。(直刀を"日本刀"としない説もあるが、このコラム内ではその説は採用しません)
私たちに馴染みのないこの形が主流だったのは長い日本の刀の歴史でも初期に限定され、飛鳥時代から平安中期という説が有力だ。


直刀 
画像出典@刀剣ワールド 

参照ページ https://www.touken-world.jp/tips/9755/

直刀がどういった経緯で彎刀の形に変化していったのかは諸説あり定かではない。鞘から引き抜きやすいからか、形状の美しさか、反りがあった方が斬りつけやすいからか。。。武器として使いやすい形にシフトしていったという説が有力だ。
実際、反りの強さや刀の長さは時代とともに変わったが、基本的な形状は変化することなく1000年以上にわたって彎刀が主流だった。それはやはり刀としてその形が使い勝手が良かったからだろう。
ちょっと物騒だが、刀を振るったことがなくても斬りつけるには反りがあったほうがやりやすそうだな…と想像はつく。

話は逸れたが、今回は平安以前の直刀を代表する刀、「七星剣(しちせいけん)」について紹介しようと思う。

今から遡ること1500年、飛鳥時代に存在したとされるこの七星剣。名前の由来はお察しの通り北斗七星からきたものだ。
この刀、名前からして“ファンタジーに出てきたら間違いなく最強武器の一つ!”といった感じがして好きなのだが、検索したところ複数のゲームで登場していた。七星剣という存在にファンタジックなロマンを見出してしまうのは私だけではないようだ。

実は七星剣というのは特定の一振りを指す固有名称ではなく、七つの星が刀身に刻まれている刀の総称である。これはもともと古代中国から伝来したものだが、中国の七星剣と日本の七星剣では姿形がだいぶ異なる。

中国のものは十字架を逆さにしたような形をしていて、刀身は両刃で幅が広く、いかにも三国志に登場する武将が持っていそうな剣(つるぎ)だ。三国志演義では曹操が横になった董卓を七星剣で斬殺しようとしたが気づかれてしまい、とっさに「いやー!実はこの見事な名刀を董卓様に献上しようと思っていたのです!」と機転をきかせてその場をしのいだ、というシーンがある。ちなみに董卓は「曹操ちょっと様子おかしかったな~」程度にしか思わなかったようだ。董卓はめちゃくちゃ嫌なヤツだが割とすっとぼけているところがある。

 

日本刀として現存する七星剣は法隆寺や正倉院にも所蔵されているが、最も有名なのは四天王寺所蔵の聖徳太子が使用していたと伝わる一振りである。この七星剣、この時期の上古刀としては丙子椒林剣(へいししょうりんけん/こちらも聖徳太子の所持品とされる)とならんで、現存する最高の出来といわれている。

 


七星剣
画像出典@刀剣ワールド 

参照ページ https://www.touken-world.jp/tips/9755/

 

刀身に七星文が彫られているのは、ただカッコイイからなんていう陳腐な理由ではない。古代中国では北極星を宇宙の中心として崇める北辰信仰があり、北斗七星は北極星を守護する星座として国家鎮護や破邪の象徴とされたからである。

中国と日本の七星剣は、形は違えど込められた意味は同じであり、聖徳太子も国家安泰の願いを込めて佩刀していたのかもしれない。また、この七星剣には星文の他に雲文・龍頭・白虎が彫られており、一つ一つの彫刻がより一層刀に威厳を醸している。遥か飛鳥の時代には、すでに刀は芸術的神秘性を持つものとされていた。

 

蘇我・物部が勢力争いをしていた中、仏教の普及に尽力していた聖徳太子は崇仏派の蘇我氏に味方をする。
両氏の最終決戦に参戦した際には白膠木(ヌルデ)の木でに四天王像をつくり、蘇我氏の勝利を祈念したという。
蘇我氏が勝利したのちには四天王寺を建立し、丙子椒林剣と共に七星剣を納めた。
現在はその居所を四天王寺から東京国立博物館に移しているが、この二振りは大切に保管され今もなお衰えぬ輝きを放っている。

 

 
東京国立博物館

 

日本刀の鑑賞で重要な要素といえば姿・刃文・地鉄である。そのうちの一つである姿を見る際、反りや長さでその刀が制作された時代がわかるのだが、ちょっとした反りの違いは見分けづらい。刀を見た瞬間に「この反りは平安中期のものですね~、こっちの反りは南北朝時代です!」なんて言える人は超上級者だ。しかし、今回紹介した直刀はとても分りやすい姿をしているので、このコラムをここまで読んでくれた人は真っ直ぐな刀を見て「これは刀の中でもかなり古い時代のものですね!」くらいは言えるようになってしまったわけだ。
普通に生活している中でそんなセリフを言う機会はまず無いと思うが、もし万が一、例えば旅先の寺やふらっと立ち寄った美術館、TVの中などで直刀を目にする機会があったなら「この刀は~」と自慢げに言ってくれたらいいなあと思っている。

 

画像協力

 

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