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日本刀
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ひとと一振り

2019.08.22

いつかの放課後、私は遠慮がちに友達の手を引いて、東急ハンズの一角に向かっていた。おおよそ女子高生が寄り付くことのない、プラモデルなんかがズラリと並ぶ一角。そこに私のお目当てはひっそりと輝いていた。

ガラスケースの中に飾られていたのは、刀剣のミニチュア。

 何がきっかけだったのだろう。私が高校生のとき、同級生たちが新作のスイーツやアイドルに目を輝かせていた傍らで、私は刀剣のミニチュアに心を奪われていた。変わってるね、なんて言われたけれど、まぁ確かに私って変わってるのかも? と思うだけだった。

私が集めていたのは日本刀ばかりだった。当時の私の手のひらに収まってしまうほどの小さな刀たち。それらが一振り、また一振りと部屋に飾られていくのが楽しくて、気が付けば本棚の片隅に小さな刀剣展示場が出来上がっていた。

赤いフェルトを敷いて、少し奥側に刀掛台をおく、その上に丁寧に刀をかける。ぐっと息をつめて、両手のゆびさきで慎重に慎重に行った。そして自分の部屋の中に、刀が飾られた瞬間のあの満足感たるや……! やっぱり私は変わっていたのかもしれない。

高校生当時の私は日本刀の楽しみ方をよく知らず、スラリとした姿をざっくりと眺めることで満足していた。そもそも刀のミニチュアを何時間眺めたところで本物の刃文は見えないし、反りだって忠実な角度ではない。それでもなんとなく、そう、ただなんとな~くカッコよくて好きだったのだ。

しかしそんな私が大人になり、刀剣の新しい楽しみ方を知った事で、気がついたら他県の博物館に足をのばし、ガッツリ身を屈めたいわゆる「ガチな姿勢」で刃文を覗き込むほどに刀剣に魅せられてしまっていた。東急ハンズの一角から、ずいぶん遠くまで来たものだと自分でも思う。

新しい楽しみ方、それは刀剣がどういう存在だったかを知ることで見えてきた。

刀剣はいつの時代も憧れの対象だ。

刀剣というと、“戦うための道具”“斬り捨て御免!”なんて粗野なイメージが強いだろうか。けれど実際は、美術品でもあり、有名な刀工の作品はブランド品としての価値が高く、それを持つことはステータスでもあったのだ。当然、名のある武将たちはこぞって名剣名刀を欲しがった。織田信長だって、徳川家康だってそうだ。それは今の高級車やブランド時計に対する憧れと似ていて、「自分も偉くなったし、いい年だし、そろそろあの有名刀工の刀が欲しいな~」といった感じ、といえば分かるだろうか。

晴れて刀を手にした武将たちは、この刀ってば凄いんだぜ! と言わんばかりに刀のステータスを爆上げしにかかる。「この刀はアヤカシを斬った!」「この刀は鬼をも退治した!」などなど、ちょっと盛った話を付け加えるのだ。アヤカシや鬼のような恐ろしいものや、いや、硬くてぜったいに斬れないでしょ、というものを斬ったとなれば、分かりやすく強さを誇示することが出来た。

ちなみに、こういった “~を斬った”という話を調べてみると、大体は「実際は斬ったかどうか分からない」という身もふたもない結末が書いてあるところまでがオチで、それがまた私としてはツボで好きだったりする。

斬ったのはもしかしたら夜道でアヤカシや鬼のように見えた人間かもしれない、そもそもそんな話自体うそだったのかもしれない……。こういったエピソードはそのまま刀剣の名前になることも多い。例えば、山姥を斬ったとされる刀(諸説ある)に山姥切国広という名前の刀がある。

これも、周りの人が「えっ、ホントに斬ったの? 凄くない!?」と感心し、その名前に箔が付くからこそのこと。当時がアヤカシや鬼の存在が信じられていた時代である事がよく分かる。現代において「この刀で昨日幽霊を斬ったんだよね!」なんていう人がいたらまるっきりただの変人だ。

他にも様々な由来で名前がついた刀剣が数多く存在する。雷切、燭台切、鉄砲切、童子切……持ち主がつけた名前もあれば、伝承によって周りからそう呼ばれるようになったものもある。

刀剣についての逸話というものは、なかなかどうして興味深い。逸話を知ることで、刀剣を通してその時代の生活や文化を知ることができる、という魅力もある。

これこそ、私が出会った新しい楽しみ方だった。

実はこういった楽しみ方を知るきっかけになったのは、ゲーム刀剣乱舞 -ON LINE-。こちら、刀剣にまつわるエトセトラを世に知らしめ、多くの人間をとうらぶ(刀剣乱舞の略称)の沼に沈め、はてには何億円もの経済効果を巻き起こしている、とんでもないゲームである。昨今の刀剣ブームの99%はこの刀剣乱舞の影響でまちがいない。かくいう私も、このゲームとの出会いで、刀剣の逸話という、なんだか面白いものに触れることになった。

刀剣の逸話。それは学校の先生の、授業中の雑談に似ている。

私にとって、歴史の授業とはどうもやっかいなものだった。年号、歴史上の人物、事件、それらを順序良く頭に詰め込むのが苦手で、気がつくと私の意識ふわ〜っと教室の外に飛び出してしまう。しかし、先生が歴史にまつわる雑談を始めた瞬間、それがふと私の元に戻ってくる。

「平安時代の貴族はお風呂に入らなかった」
「切り捨て御免はひと斬りで成功しないとNG」

こういう話が面白くって、ぐんと歴史に興味が湧いた。

昔の私には、刀剣の美しさが少し難しかった。いや、一目見てめちゃめちゃにカッコいいのは分かる。けれど本気で刃文を見たり、姿を評価したりすることは、それなりに技術や知識が必要で、これがけっこう難しいのだ。そんな時、刀剣の逸話を知った。それは先生が話す、ちょっとした小噺のような、取っ付きやすい面白さがあって、刀剣と私の距離を一気に縮めてくれた。

名だたる武将に使われていた。神に祈るために作られた。王貞治が持っていた、なんていう、ちょっと身近なエピソードを持つ刀もある。そんな一振り一振りにまつわるエピソードが好きなのだ。それはミニチュアを眺めるだけで満足していた昔の私を、遠くの博物館まで運んでくれた。

これから先、私が独断と偏見で刀剣を選び、その刀剣の逸話を通じて、型にはまらず、色々な話をしていきたいと思う。

今後のよもやま話にお付き合いいただければ光栄です。 

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