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宝塚
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重くて厚い扉のこちらに続く道

2020.04.20

筆者は、10歳から24年来の宝塚歌劇のファンをやっている。
現職は美容室さん向けの業界誌出版社に務めるしがないサラリーマン。
ちなみに、ただの係長だ。(これ言いたかった!)

宝塚とは、出演者全員が女性で構成される世界でも稀な演劇・ミュージカルカンパニー。

宝塚に限らず、ジャニーズ、ゴジラ、エースをねらえ!、金田一少年の事件簿、フィッツジェラルド、バガボンド、銀河英雄伝説、アンナ・カリーナ、名探偵コナン(というか赤井秀一)、そして現在の職業の【髪と人】などさまざまな「界隈」に手を出す「節操のないオタク」に成長したわけだが、その対象に向かう思考・行動パターンの原体験はすべてこの10歳の【宝塚】との出会いに集約される。


美しさに出会い、文学と表現に浸かり、モノを書き伝える仕事にたどり着いたすべての道は、あの日開けた重くて厚い扉に通じていた。

当コラムでは、そのあたりの道筋をご紹介していく場にしていきたい。
それを通じて、最終的に夢見るものは「文学の復興」だ。
宝塚歌劇は非常に良い意味で気楽なエンターテインメントにすぎない。むしろ、そうあらねばならない。
10歳の私がそうであったように、子供から大人まで、アートや音楽、文学と縁遠かった人が近づくための【扉=入門編】なのである。

私が心から天職と思える美容ジャーナルの世界にたどり着いたように、この重い扉の先には人生を豊かにするヒントがたくさん詰まっているのだ。



とはいえ、宝塚はニッチだ。
当サイト編集長にも「文化としてはメジャーなのに、実態はニッチ」といわれた。だよねえ。私よりうまいこと言わんといてくれるかな。

宝塚歌劇団、略してヅカ、わたしたちは自らをヅカオタとかヅカファンと自称する。
主に、その劇団に所属する演者の中に「推し(この界隈では“贔屓“という)」を見つけ、熱心に応援する。

東京都心に務める人ならば、銀座・東京宝塚歌劇場前で「立ちまーす!座りまーす!」と声を掛け合い、一糸乱れぬ列をなすおそろいの装束を纏った”親衛隊“と思しき一団を見たことがあるかもしれない。
そして、冬の寒さがほころぶ今時期、宝塚受験生(オーディション)のドキュメンタリーなんかが放送されるのを見た人もいるだろう。顔の皮膚が伸びるんじゃないのと思うほどたわみなく引っ張りまくったシニヨン(お団子頭)と七分袖のレオタードに身を包んだ女子たちが、やや現代人には刺激的すぎるストイックな叱られ方をして、その「受験」に心血を注ぐ。

基礎知識としては、宝塚歌劇団の在籍出演者はすべて「未婚の女性」だ。過去に男性がいたことも実はあるが、その後また女子だけに戻った。だが、作家や劇場スタッフには男性も勤める。
文化としては105年の歴史を持ち、創始者は阪急電鉄の創業者・小林一三。現在も母体は阪急電鉄であり、東京宝塚劇場、博多座、御園座、その他各都道府県ホールなどで年中公演を行なっているが、本拠地=聖地は兵庫県宝塚市の【宝塚大劇場】。大阪・キタから山間を縫うように駆け抜ける小豆色の電車、阪急宝塚線の終着駅が最寄り駅だ。
この劇場は2500人を収容する日本屈指の大劇場で、その傍らに500人収容の【宝塚バウホール】という若手興行向けの“小劇場”も有する。
要は、宝塚歌劇の発端は東京でいうところの東急や西武の渋谷開発などと同じく、沿線開発の一貫であった。

在団生はざっと400名。入団時に花・月・雪・星・宙(そら)の5組に振り分けられ、それぞれ約70名強。各組にそれぞれ「男役トップスター」「娘役(女)トップスター」が存在し、この役割を担うと一度決まったら、退団や異動を除いて何があろうと主演は固定制であることが最も大きな特徴だ。男役・娘役ともにこの「トップスター」をめざし、その候補や抜擢を配役などから占い一喜一憂するのがファンの「おつとめ」である。

あまり喩えたくないが、AKBグループのセンター争いも、似たファン心理なのだろう。
(この辺の細かいスターシステムは語り出すと朝まで生討論になるので言及を控える)
(あと、女役をなぜ“娘”役というのかという話もし始めたらファンとファンの仁義なき解釈戦争になるので「そういうもの」とスルーしてほしい)
この組に属しない”専科“という有志軍もいる。専科以外の人間は、他の組にフレキシブルに出演することはない(2004年の例外以降、今のところ)。組間の人事異動は不定期で行われ、ファンにとっては「スター出世予想」を占う行事となっている部分もある。

ここでサラッと告白しておくと、筆者も「元受験生」だ。
宝塚のスターシステムは、観客=夢見る少女の人生も巻き込んだ没入と熱狂によって成り立っている。


 

 

先に触れたように、出演者は「未婚の女子」だ。宝塚歌劇団に入団するには、例外なく「宝塚音楽学校」を受け、卒業せねばならない。受験資格は中卒(15歳)~高卒(18歳)に限られている。
それらが毎年約1000人近い受験生の中から40人合格し、2年の研修生活を経て劇団に入団する。

この「未婚の女子」という在団条件は、現代的な“タダシイ価値観”に照らすと、炎上必至とも思えるものだ。今のところ例外なく在団中は未婚であり、最近は少なくなったがまれに“寿退団”なるものもある。タレントの中山秀征氏の妻・白城あやか(元星組娘役トップスター)は、退団時に彼との婚約を公表していたので、フィアンセ・中山氏に対して「幸せにしな許さへんでヒデちゃん!」というそれはそれは大きな圧ry…祝福の中卒業公演を全うした。そんなストーリーもある。
繰り返すが、確かにおそろしく時代錯誤なシステムと思うかもしれない。

このシステムは、宝塚が温泉街だったこと、また創設の1914年当時【女優】という概念が定着していなかったことに起因する。舞踊や唄を嗜むことは「子女の教養」として許されても、それを職業とすることが即ち【花街】、つまり性産業に通じる時代だった。

(日本の女優第一号といわれる川上貞が「御座敷以外の舞台に初めて立った」のは1899年のLAだが、ここから女性が当たり前に舞台に立つという文化の醸成までは大きなタイムラグがある。)

小林翁は、温泉街の娯楽として「性」を除いて「家族で楽しめるもの」を作り出すことで、沿線開発を成し遂げようとしたという思惑があったのだ。

それが「性」とは切り離された「安全な場所」で「少女」たちが、今でいう“エンターテインメント”を披露する場の興り・宝塚少女歌劇だった。

その発足以来の条件が、細かくは柔軟に最適化しながらも、根本は化石のように遺ることで独自性と優位性を確立した。
その「女子の安全が担保された知と感性のユートピア(理想郷)像」がそのまま保存されている場所。それが宝塚歌劇である。

詳しい経緯は、このあたりの参考文献を読んでください。

 

川崎賢子『宝塚 消費社会のスペクタクル』
https://books.google.co.jp/books/about/宝塚.html?id=9KMvAQAAIAAJ&source=kp_book_description&redir_esc=y

宮本直美『宝塚ファンの社会学 スターは劇場の外で作られる』
https://books.google.co.jp/books/about/宝塚ファンの社会学_スターは.html?id=gVNxDgAAQBAJ&source=kp_book_description&redir_esc=y

 

長いな! 長かったね、基礎知識。
こないに長い「基礎」あるかいなというツッコミも聞こえてくる。

それでもまだまだ「ワカラナイ」ことだらけであると思う、そんな【宝塚】という重い扉。

ただ、これが開くのは一瞬だ。
観ればいいのである。

実は、冒頭に触れた「10歳の私」の原体験はNHKで放送された舞台中継だった。
冬の日、習い事に行く前に帰宅した私は、なぜか自室に直行せずリビングのテレビで母が流している舞台中継に釘付けになった。
そこから「聖地=宝塚大劇場」での初観劇までは1年以上を要するわけだが、それが長いと感じないほど、あっという間にその世界に夢中になってしまった。

それは今思えば、単なる取るに足らない少女趣味の美しさを超えた「もっと観たい」を刺激する文学性に駆られたのだった。
だからこのコラムでは、ヅカファンがよく熱弁する「劇団員(立場上研究生なので生徒と呼ぶ)」ではなく「作家・演出家」を紹介したい。
劇団員が専属であるように、作家の多くが専属であることも宝塚の一つの特長なのである。

それぞれの連載ページに行き当たり、気になる作家を見つけたら、身の回りに潜伏するヅカオタの近くで
「〇〇先生って言う人、宝塚の作家なんでしょ?気になるんだよね、観てみたい」
と、言ってみてほしい。そうすればヅカオタはCSの専門チャンネル、持っているDVD、持てるツールを駆使してオススメの作品のDVDやBlu-rayを差し出してくれるだろう。

まずはそれが、扉を開ける鍵になる。

もちろん、舞台なんだから生の観劇体験から入りたいという気持ちはよくわかる。
ただ、おかげさまで超超超超チケット難なのだ。

そんな今、軽々しく「宝塚一回見てみたいんだよね~連れてって」などというのは、はっきり言って対オタクへの開戦宣言になってしまう危険を孕んでいる。そんなことを言おうものならその友人ヅカオタに静かな殺意を抱かれ、よくてLINEをミュートされるくらい距離を置かれるだろう。

とはいえ、宝塚という最も有名でニッチなエンターテインメントを通して、少しでも多くの知的好奇心をくすぐられるのなら、もしかして文学を通して人生を・社会を豊かにできるかもしれない。

10歳のあのとき開けた扉の奥に見えるきらめきを、今心の奥に感じながら言葉を走らせている。(終わり)

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