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珈琲
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コーヒーと老人

2019.05.16

コーヒーと老人 ブルーボトルコーヒーが軒先(75歩!)にオープンする前までは 一年で最も忙しい日は「深川七福神巡り」の始まる1月1日、元旦だった。
次いで墓参りに訪れる人々で賑わう彼岸、寺町ならではであった。

つい先日の話。

歩行器を伴ったかなりご高齢の男性とその娘さん(もちろんそれなりにご高齢)、 ここ何年も土日の午後に来てくれるその父娘はいつもドミニカワイニーを2杯オーダー。 店の前のベンチに腰掛けて休憩して帰って行く。

ここしばらく見掛けないな、と思っていたところに娘さんが平日に一人でご来店。
「おじいちゃん(父)が亡くなったの。」と告げられた。

「97歳だったし大往生よ。でね、死んじゃう数日前に床に臥せっているおじいちゃんが『アライズのドミニカが飲みたい』って言ってたのよ。」

「今はお医者さんに色々止められてるでしょ! また元気になったらね、って言ったんだけど、その数日後に死んじゃったのよ。だったら、私が買って来て飲ませてあげればよかったなぁ、って思ったの。今になって思えばね。」
と続けた。

比較的混み合う休日の午後に来てくれていたことや、彼は見晴らしの良い外のベンチがお気に入りだったので自分も「こちらにどうぞ」「お待たせしました」「いつもありがとうございます」くらいしか言葉をかけたことはなく、会話らしい会話はしたことがなかったので彼の声も聞いたことがなかった。

そのおじいちゃんが「角のコーヒー屋のいつものアレ。」ではなく「アライズ」「ドミニカ」という固有名詞を口にしていたということにひっそりと胸が熱くなった。

彼女が帰り際、 「アライズのショップカードあるかしら?」と。
これまでも時々ギフト用に豆を買ってくれることもあったので、 またお友達にでも紹介してくれるのだと思った。

久しくショップカードのストックを切らしていたが、名刺入れに入っていた 一枚を見つけて彼女に手渡した。

「あって良かったわ! おじいちゃんの霊前に飾ってあげたかったの! 帰ってさっそく供えるわ!」

「ベンチに座るあのじいちゃんの後ろ姿をもう見ることはないのかぁ……」と 一抹の寂しさを感じるものの、それ以上に たまたまその時居合わせてやりとりを聞いていたお客さん達も自分も 「じいちゃんありがとう。」と、とても穏やかな気持ちになった。

高齢のお客さんで思い出すエピソードは他にも沢山ある。

アライズを開業した当初から週に一度くらいは来てくれていた老紳士は、 いつもハットに杖、レザーの手袋をして仕立ての良い薄手のコートを纏っていた。

「私はもう94歳。風の強い日には来ないんだ。この歳で転んでしまうと人生そのものが終わってしまうだろう?」
と、言葉も粋だった。

乳幼児を連れた若いお母さんとその老紳士が居合わせたある午前、 自分と老紳士がコーヒー片手に何気ない日常会話をぽつぽつとしていた。

ふとその母親に目をやると、どういう訳かさめざめと泣いているではないか。 ハンカチで目を押さえ落ち着きを取り戻した彼女は、老紳士が帰られた後で口を開いた。

「去年亡くなった大好きだった祖父にそっくりたったので…さっきはビックリさせてごめんなさい! ヒッ…」
とまたもや涙。
居合わせたお客さんももらい泣き(ヒッ…)。

すると、母に抱かれていた乳幼児が突然あらぬ方向、部屋の天井の角あたりを指差して
「オッ! オッ!」
と声を発した。他の女性客の一人が
「そこにおじいちゃんが居るんだね。見守っててくれるんだねぇ〜」
と言った。

オカルトやスピリチュアルとは無縁な自分はいつもなら
「…(ええええ〜!?)」
と思うところを、
「ふむ、なるほど。」
と不思議と腑に落ちてしまったのを覚えている。

時々
「今日はマネー持って来てないんだけど、お粉もらえるかしら?」
と言って来ては店内のお客さんを和ませている、近所にお住まいの90歳の女性。

つい先日は朝一番に旦那さんと来店されコーヒーとコトリパン(盟友のパン屋さん)のフレンチトーストとコーヒー豆をお求めに。支払いを済ませた旦那さんに奥さんが 「あなた、おつりもらったの!? ダメよ! 私たち一番客なんだからおつりはチップよ!」 と言って「はい、チップね。」とおつりでも何でもない畳まれた千円札を渡してくるので 「お気持ちだけもらいましたからね! また時々元気なお顔を見せて下さいね。」 初めて聞いた一番客ルール!と思いながらも、なんか粋だなぁと。


「チップの日」当日の写真使用を「もっとおめかしすれば良かった。」と言いながら快諾してくれました。どこまでも粋なマダム。

また別の日、店主である自分に対して 「お伝えしないと失礼にあたるんじゃないかと思って。」
と帰り際にカップに半分残ったコーヒーを見せてくれた女性は 生前コーヒーが何よりも好きだった父の墓石にかけてあげるのだと伝えてくれたこともあった。

ARiSE(アライズ)の店名の由来であるブラジルのスラッシュメタルバンドSEPULTURA。 これはポルトガル語で「墓」という意味。屋号のネーミングは若かりし日にその音楽に多大な影響を受けただけでなく、世界最大のコーヒー産地であるブラジルと、お寺とお墓がとにかく目立つ清澄白河という街に思いを込めたものでもあります。


ある日の雨上がり。平野アライズ隣の墓地から伸びる虹(画像無加工)

コーヒーは時に年齢や世代を超え、更には故人の思い出を語るきっかけにも成り得る。 そこがまたいいな、と思うのです。

それではまた!

ゆりかごから墓場まで 暮らしを見つめるアライズコーヒーの提供でお送りしました。

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